日本語教師歴10年以上のいろまるです。

ブログを読んでいただき、ありがとうございます!
私は、四年制大学で日本語教育学を専攻し、卒業と同時に日本語教師になりました。
今の私にとって、日本語教師は天職で、この先も日本語教師以外の仕事をするつもりはありません。
こう聞くと、

日本語教師になるために大学に行ったんだね
と思うかもしれませんが、決してそうではなく…
私が日本語教師にたどり着いたのは、大学受験での失敗が始まりでした。
大学受験の失敗とその後の迷い—不本意な進学の葛藤
小中学校時代の私は、「世界をまたにかける」とか「日本と世界の架け橋」とかいうワードが大好きで、心底かっこいいと思っていました。
そして、将来は世界を相手に仕事がしたいと思っていました。
ただ、具体的にどんな職業かというのは考えておらず、とりあえず「世界を相手にするなら英語だよね」ということで、英語の勉強を一生懸命していました。
まぁ、子どもの原動力なんて、この程度で十分。
それで、中学までは問題なくいい成績を取っていたのですが、高校に入ってからは平均点がやっとのレベルに…
ほとんど勉強しなくても満点近く取れる国語に対して、英語は頑張っても頑張っても思うように伸びませんでした。(日本の英語教育の課題を感じる)
それでも、「世界で働く」という夢は揺らがなかったので、大学は某国立大学の国際学科を志望。
自分を追い込むために、滑り止めを受けず、第一志望1本勝負で受験しました。(なんてチャレンジャー)
結果は、不合格!

絶望しかないね
第一志望の大学しか考えていなかったので、落ちたとなると浪人が選択肢に入ってくるわけですが、あと一年勉強する気力が当時の私には全くなく…
かといって、新たにどこかの大学を受験しに行くのも嫌だったので、センター試験(現:共通テスト)の成績だけで合否判定をする大学に願書を送ることにしました。
時は3月上旬
・今からでも願書受付が間に合う
・筆記試験なし
・合格確実
上記3つを満たした大学なんて、数えるほどしかありません。
しかも、対象は国語学やら日本文学やら、興味のない学科ばかり。

国際関係は一つもありませんでした…
大学入学前から夢を絶たれたような気分になり、「もうどうでもいいや~」と、選択肢の中では一番偏差値が高い大学に決定。
それでも、第一志望の大学より10以上も偏差値が低い大学だったので、悲しくて空しくて、めちゃくちゃ泣きました。
・願書を送るまで、何県にあるのかも知らなかったような大学に進学する恥ずかしさ
・自宅からは通えないが、このレベルの大学で一人暮らしをさせてもらうことへの申し訳無さ
・国立大学のために5教科7科目勉強してきたのに、3教科しか必要のない私立大学の実態
・「日本語日本文学科」という興味のない学問に対する嫌悪感
合格通知が届いてからも、私はずっとモヤモヤしていました。
やはり浪人するか、第一志望大学の3年次編入を目指してそれ用の専門学校に進むか…
ギリギリまで迷って、結局合格した大学に入学しました。
不本意な進学から見えた自分の方向性—人生の転機
入学してからも私の気分が晴れることはなく、授業には出ていましたが、あまり熱心ではありませんでした。
よかったことと言えば、苦労せずとも上位の成績をキープでき、返済不要の奨学金をもらえたことくらい。
いつまでもクヨクヨしていても仕方がないので、1・2年はそれなりに大学生活を楽しむように努めましたが、学びの面では「楽しくないな」という気持ちが強く、自分の大学を好きにはなれませんでした。
そんな私に訪れた転機
それは、3年になる前のゼミ紹介で「日本語教師」という職業を知ったことでした。
日本語で世界と繋がる
この言葉に私は心を鷲掴みにされ、忘れかけていた「世界をまたにかける」「日本と世界の架け橋」というワードを思い出しました。

好きなことは、簡単には変わらないものですね
国際学科じゃなくても世界を舞台に働ける
しかも、得意な国語力で勝負できる
この大学には、日本語教育界で権威ある教授がいる
この事実によって、諦めていた夢が再熱!
一番人気の日本語教育ゼミに即決しました。
ゼミ決めは、成績上位者から順に希望が通るため、今までちゃんと授業に出て、試験でもいい点を取っていた過去の自分を褒め称えました。
日本語教師になるための準備—学びの始まりと単位取得
3年からの私は、すごく生き生きとしていました。
付き合う友達も変わり、ほぼゼミ室で過ごす毎日。
ああでもないこうでもないと言いながら、教案や教材を作っては直すを繰り返す日々が、すごく贅沢で楽しかったです。

今思い出しても、幸せな時間♪
日本語教師になるために必要な日本語教育の科目は26単位でしたが、私は43単位取りました。(当時の最大単位だったかも?)
1・2年は進級ギリギリの単位しか取っていなかったので、まるで人が変わった様です。
ゼミの教授は、知識も経験も豊富な日本語教育界の重鎮。
すごく尊敬できたし、教授の講義を受けるために別大学から通っている学生もいました。(正式なやつではなく、いわゆる潜り)
この頃には、自分の大学に魅力を感じ、「こんな大学恥ずかしい」なんていう気持ちは消滅。
もし第一志望の国際学科に進学していたら、決して得意とは言えない英語に悩まされ、周りの優秀さに嫉妬して、辛い日々だったかもしれません。(性格上、十分あり得る)
不合格だった時は失意のどん底だったけれど、日本語教師という仕事の素晴らしさを知ることができたのは進学した大学のおかげなので、
それが現在に繋がっていることを考えると、私にとって国際学科の不合格は必然、日本語日本文学科への進学はラッキーでした。
日本語教師になる決意—海外実習を通して感じたこと
ゼミ開始以降、日本語教師の魅力にどっぷり浸かっていた私ですが、当時日本語教師は新卒で常勤になることが難しく、まずは非常勤で働き、その後常勤へというルートが一般的でした。
私的には、これが不服で

なんで主専攻で大学出ても、非常勤=アルバイトなの?
と、文句タラタラ!
私立大学を下に見たり、アルバイトをバカにするような発言をしたり、あの頃の自分は本当に愚かだったと思います。
今なら「なんでそんな視野の狭い考えしかできないの?」と思いますが、すべては若気の至りということで、済ませたい。。
話を戻しーーーー
新卒での非常勤に抵抗があったため、日本語教師は魅力的だけれど、本当に日本語教師を目指すかは躊躇していました。
でも、
・自分の母国語で学習者をサポートできる
・外国人視点での日本語の面白さに気付ける
・国際交流ができる
・海外で働くチャンスもある
・学習者から学ぶことも多い
・自分が飽きずに続けられる
これらを考えると、やっぱり日本語教師にはなりたい。
一般企業を選ぶなら、就活しないといけない時期でしたが、私はどっちつかずで3年を終えました。
そんな私が「絶対に日本語教師になる」と決意したのは、ゼミ実習の一環で海外へ行き、現地の大学生に対しておこなった日本語の授業がきっかけでした。(4年の夏頃)
初めて一人で教壇に立ち、初級と上級クラスで各40分の授業を担当したのです。
震えるほど緊張しましたが、同時にあり得ないほどの充実感と達成感を味わい、

こんなにエキサイティングな体験、他にない!
と思いました。
それまでも授業の経験はありましたが、グループで教壇に立ったり、一対一のレッスンばかりだったので、日本語教師らしい授業に感激!
「これはもう日本語教師になるしかない」と、新卒とか非常勤とか、一気にどうでもよくなりました。
もちろん、授業では楽しいことばかりでなく、
・あんなに何回も練習したのに、本番でミスをした
・予想外の展開にうまく対応できなかった
・終わってからの「ああすればよかった」がたくさんあった
と反省点はありました。
が、それゆえ「もっと上手な授業がしたい」という気持ちが強くなり、私はプロの日本語教師になると決意しました。
日本語教師としての第一歩—日本語学校での授業
最近では、新卒での常勤採用も珍しくないようですが、10年以上前は未経験者→非常勤というのが当たり前だった日本語教育界。
だから、私は非常勤講師として働くために実家から通える日本語学校を探しました。
理由はシンプルで、「非常勤講師の給料で一人暮らしは無理だから」です。
非常勤時代の給料も紹介
日本語教師の年収は実際いくら?働き方別の給料を徹底比較
該当する日本語学校は3校しかなく、全部受けるつもりで面接に臨みましたが、1校目で採用されたので、そこに決定。
正直、常勤になるために経験を積むのが目的だったので、働けるならどこでもよかったのです。
日本語学校のレギュラークラスは4月スタートでしたが、私はその前に大学の春休みを利用して、技能実習生の授業を2か月担当させてもらうことになりました。
他に誰も授業に入らない、正真正銘私だけが担当するクラスです。
まだ大学生の小娘に授業を丸投げするなんて、ヤバイ学校のニオイしかしませんが、(実際ブラックな学校でした)
当時の私は日本語学校の実状など全く知らないので、初めて受け持つクラスにワクワク!
実習生自体はピュアで、とても真面目に授業を受けてくれたので、私も一生懸命やり切りました。
あれから十数年経ちますが、この初めて担当したクラスは一生忘れることがないと思います。
こうして、私は日本語教師として歩み始めたのでした。
まとめ:日本語教師としての未来—今後の目標と展望
その後2年間は非常勤として働き、別の学校で常勤になりましたが、2人目の妊娠を機に退職。
産後は、育児中心の生活をするためにオンライン専門の日本語学校の教員になりました。
現在は、フリーランスの日本語教師で、平日6時間稼働して年収800万円です。
家族との時間を大事にしながら、日本語教師ができる今の働き方をとても気に入っています。
日本語教師は2024年に「登録日本語教員」という国家資格になり、この資格は今の私には特に必要ありませんが、
もしかしたら今後また日本語学校に務めたいと思う日が来るかもしれないので、一応取得しておきました。

選択肢は広いほうがいいですもんね
この資格の有無と日本語教師の資質は別の話だと思いますが、私が日本語教育を学んでいた時は、「無資格でもできる日本語教師は簡単」とか「日本人なら誰でも日本語を教えられる」なんて言う人もいたので、
国家資格になったことで、ちょっとは箔が付くのかな?なんて思っています。
これからも確実に需要がある仕事なので、(現場は人手不足です)このブログを読んで、少しでも日本語教師に興味を持ってくれる人がいたら嬉しいです。
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